LOOBワークキャンプ&スタディツアー

ワークキャンプ&スタディツアー記録
Archive for Workcamp and Studytour

第33回パナイ島ワークキャンプ

期間:2009年8月20日~9月2日
開催地: パナイ島ティグバワン
参加者: 日本人12名、フィリピン人6名
(スタッフ10名)
活動内容: 
- マングローブ植林
- ホームステイ(9泊)
- 小学校訪問交流
- フレンドシップナイト
- オープンフォーラム 
ワーク: 小学校のトイレ衛生改善
新しいトイレにタイルを敷き詰め ナムコン小学校の13の教室にトイレを2個新設し、11個のトイレを修復するプロジェクト。井戸水を貯めるタンクを建設し、タンクからさらに各トイレに水道管を伸ばし、衛生的な水洗トイレに生まれ変わりました。狭い場所でテクニカルな部分のワークでしたが、皆の協働作業が一つになって、蛇口から水が出た瞬間はサイコーです。ベニヤ板の壁も白く塗る
児童養護施設訪問: 「花咲かせ」アクティビティ
様々な事情により親と暮らせなくなった子供達を訪問し、「優しさで花を咲かせよう」というアクティビティをしました。LOOBでは年に数回、この施設を訪問してお米や生活用品を提供することで、子供たちを応援しています。
参加者の声1: にっそ(宮崎公立大学、20歳、女性)

「何でフィリピンに行くの??」と何人もの友人に、ワークキャンプに参加することを驚かれた。それ位、フィリピンに対する意識やイメージが良くはなく、低 いのかなと思いながら、「この目で現状を見てこよう、それと誰かの役に立てればいいな」と決意し参加した。はずかしながら、国際協力を大学で勉強していて も全然実感が湧かなかったからっというのも参加の理由だった。

実際ワークに参加すると、自分の出来ることがちっぽけ過ぎて、無力だと何回思ったことか……でも「自分一人では多くの人を喜ばせる力なんて全く ないけど、皆となら多くの人を喜ばせる力がある」っていうのを当たり前だけど痛感した。国際協力ってこういうこと!!と自分なりに感じとったものが少しは あったので良かったと思う。

帰国してあっという間に日にちが過ぎても、ワークキャンプに参加した人達、村の子ども達、ホストシスター&ファミリーのことが頭の中にある。2週 間ナムコンで生活してみて、日本にいたら絶対気が付かないことが、この2週間で本当に沢山気付けた。毎日が新鮮で、ワクワクの連続だった。一つのことを完 成させるために皆で協力したワーク、考えを共有したミーティングやオープンフォーラム、現地の生活スタイルに溶け込んだホームステイ。日に日に皆と過ごす 楽しさも増して、ずっとここに居たいと思った。何より、フィリピン人の陽気さとホスピタリティーには本当に心を奪われた。大人から子どもまで。子どもにだって 心を奪われた。小学校でのワークだったので沢山の子ども達が近寄ってきて、名前を書いてと頼んできた。自分の名前を一日に何回も書く経験を初めてして、有 名人にでもなったかのように。遠くからでも大きい声で「Satomi-!!」と呼んでくれたり、毎日手紙をくれたり、私たちのワークを手伝ったり…ワーク をする為に学校に行っていたにも関わらず、そんな気分にさせないパワーに圧倒された。

ワークキャンプでの2週間を振り返ると、一日一日が本当に充実していた。初めは慣れなかったお風呂やトイレなどの習慣も日に日に慣れていき、水の使い方を見直すきっかけにもなった。
いかに今まで水を使いすぎていたかが分かった。タタイ(お父さん)が井戸から汲んでくれた水を有り難く使った。ご飯を作るにしても、日本のように回せば火がつくという簡単なものでは無かった。

ワークキャンプ全体の活動内容は自分たちのアイディアで作っていくような活動が多かった。私はフレンドシップナイトの担当だったので、企画をし た。そこでは、LOOBボランティアスタッフの力を沢山借りた。そのお陰もあって出し物やダンスを村の人たちと一緒に楽しむことが出来た。この時以外でも 本当にサポートをよくしてくれた。2週間充実できたのは、日本人ボランティアスタッフ、フィリピン人キャンパーなどなどのサポートがあったからだと思う。

ホストファミリーも自分の家族のように、大切にしてくれた。家では家族とホストシスターのクリスとユカリで毎晩語ったことは忘れない。それから 夜はダンスの練習といって、キャンパー皆で集まって飲んで踊った事は大切な思い出。2週間色々な出会いがあり、色々な事を感じた。ここには書ききれないの が残念だけど、「フィリピン人のことをもっと知りたい!」と強く思った。LOOBに関わった全ての人に感謝しながらこの気持ちを忘れないでいようと思う。 LOOBに出会えて良かった。皆に会えて良かった。凄く楽しかった!ありがとう!!

参加者の声2: たろう(武蔵大学、20歳、男性)

今までの僕にとってのボランティアといえば、僕たちボランティア側が一方的に何かを行って、ボランティアを受ける側は一方的に何かを得るだけ、といった閉 鎖的な関係の形成しか出来ないんじゃないかと思っていた。言い方は悪いが、所詮ボランティアは持っている国の持っていない国へのエゴでしかないのに、そん な中でどう交流を深めていくのだろうとずっと疑問に思っていた。

しかし、このボランティア、いやワークキャンプは僕の想像を大きく超えて深い深い交流が行われていた。実際に参加してみて分かったことは、誰一人やってあげているという意識は持っていなかっ
たことだ。本当に一人ひとりが自分達の意思で誰かのために何かをしたいっていうエネルギーに満ち溢れていて、子ども達も大人たちもみんな綺麗な眼をしていたのがとても印象的だった。

このように、ボランティアという言葉一つとっても、フィリピンは僕の今までの価値観の全部を吹き飛ばすエネルギーを持つ国だった。僕が見たフィリピンをいくつか紹介していこうと思う。

フィリピンの国民性を説明する上で欠かせないのはダンスである。音楽がかかればワーク中も関係なくいつでも何処でも踊っていた。フレンドシップナイトの練習のために踊っていると子ども達も一緒になって踊り始め、毎日がダンスパーティーだった。

そして大人も子どもも一人ひとりのダンスが抜群にキレがあり、これがフィリピンのダンス!っていうのを見せてもらった。フレンドシップナイトでは 日本人キャンパーみんなが見たがっていた踊りがみられなくてとても残念だったが、それでも彼らのダンスは十分、楽しかった。フレンドシップナイトの夜のみ んなでやったダンスパーティーは本当に楽しくてみんな、一生分踊ったんじゃないかと思う。

もうひとつ僕が感じた国民性はみんな、お酒が好きだということである。結局、思い返してみればナムコンに滞在した日で飲まなかった日は1日もな かった。一緒に行った日本人キャンパーだったり、ホストブラザーだったり、時にはわれらがジャンさんだったりと人をかえて毎日、飲んでいた。でもお酒の力 は偉大なもので普段の生活ではなかなか話せないこと、語学力の壁もあわせて取り除いてくれるのである。通じているような気になっているだけかもしれない が、普段、日本の居酒屋でするような話しをすることができて、僕たちのコミュニケーションの手段として大いにお酒は役にたってくれた。向こうのラム酒は割 る手段に火を使ったりと、日本ではあまり見ることのできないやり方で、日本とフィリピンの違いというのを改めて認識した。

こんなふうに実際に行かないと分からないところっていうのを実際に感じることができたのは非常にいい経験だと思う。観光でフィリピンにきてもこん な発見は絶対にできないし、うわべだけの意見にしかならないと思うので今回のワークキャンプはそれだけでも非常に意義のあるものとなった。

またこのワークキャンプじゃないと見ることのできないものがスモ-キーマウンテンの見学である。スモ-キーマウンテンは僕の中で一度は見学した い、経験してみたい事だった。ごみ山はどんな匂いがするのか、どんなごみ山の生活はどのような環境なのか、それこそブラウン管越しでは一生わからない生の スモ-キーマウンテンを自分で体感してみたかったのである。実際のスモ-キーマウンテンは想像通りであり、想像とは全くの別物だった。一歩足を踏み入れる と堂々と聳え立つマウンテンが僕たちを出迎え、想像どおりいい匂いはせず、ハエがそこら中を飛び回り、衛生観念からみれば劣悪ともいえる環境の中で大人も 子どももごみを拾っていた。

特に僕の胸を打ったのが子ども達の広場のすぐ外での男の子だ。広場の中は比較的、清潔に保たれていたが周りの溝をのぞいて見るとたくさんの虫が飛 びたとうとする位きれいとは程遠いものだった。喧嘩か理由はわからないが、その溝の中で泣いていた男の子がいた。おそらく彼にとって、その溝のなかにいる ということはなんでもないことだろう。でも僕にとって当たり前のように日本で生きてきた僕か
らしたらその環境は、その子ははとても印象的な存在だった。

こういうふうにフィリピンのあるがままにふれ、同時にナムコンの村でフィリピンの人の温かさに触れフィリピンと言う国がどういう国かっていうのを今回のワークキャンプで少しだけ学ぶ事ができた。たくさんの人に出会えてちょっと大人になれたかなと思うワークキャンプだった。

参加者の声3: ようこ(上智大学、21歳、女性)

今回のワークキャンプに参加するか何度も悩んだけれど、本当に参加して良かったと思っています。この先もずっと忘れることのない思い出ができ、たくさんの 人と出会うこともでき、貴重な体験をたくさんすることができました。ワークキャンプでは、観光とは違いフィリピンの人達とたくさん触れ合うことができるの で、そこからもたくさんの事を学び、いろいろと考えさせられました。本で勉強したり人に話を聞くことよりも、実際に体験することは、たくさんのことを自分 で発見することができると思いました。

フィリピン人は家族を大事にすると聞いていたが、ホームステイをすることでそれを実感することができました。子ども達は本当に親の手伝いを良く していて、感心しました。兄弟も仲良しで、フィリピンの家族の雰囲気はとても暖かいなと思いました。また、近所の人たちが家に毎日のように遊びにきてテレ ビを見たり、お酒を飲んだりするのは日本ではあまりないことだと思いました。村には子ども達がたくさん居て、気さくにはなしかけてきたり、一緒に遊んだり と、これも今の日本ではあまり見られない光景だと思いました。ナムコンの生活を見ていると、昔の日本もこうだったのかなと思ったりもしました。私は今のナ ムコンの生活は、人と人との関わりを大事にしていてとても素敵だと思ったので、この先も変わらないで欲しいと思いました。

フィリピン人は、聞いていた通り親切で陽気でとても素敵だと思いました。フィリピン人がとても陽気なので、キャンプ中は本当によく笑ったと思い ます。みんなお酒や歌や踊りが大好きで、毎日の生活や何気ないこともとても楽しんでいるように見えました。日本人も見習わなくてはいけなと思いました。

ワーク中には、フィリピン人の働きに驚かされました。みんなとっても力持ちで器用で働き者でした。道具や機械はそろっていないけれど、それをカ バーできる技術を持っているのだと思います。日本人は恵まれた環境に慣れてしまっているので、自分たちでなんとかしようと努力することに慣れていないのか もしれないと思いました。フィリピン人の働きには本当に感心しました。

シャワーがなくてお湯がでなかったり、洗濯機はなくて手洗いをしたり、トイレは流れないし、見たことのないような虫にもたくさん遭遇したりと慣 れない生活だったけど、そんなことは苦にならないくらい楽しい毎日でした。日本では感じることがないけれど、水って本当に大切で大事に使わなければいけな いと改めて感じることもできました。洗濯機がないのは不便だけれど、私は洗濯をしながらたらいを囲んでホストシスターと何気なく会話する時間がとても好き でした。もし洗濯機があったらそんな時間はなかったし、なんでもあればいい訳ではないとも思いました。一つのベットに3人で寝るなんて、日本での私の生活 からは考えられなかったけど、毎日一緒に寝ていると本当の姉妹になったような気分でとても楽しかったです。フィリピンにいる時は寝る時も一緒のなで、一人 きりになることはあまりなくて人と人との関わりがとても大事だということに気付かされました。

フィリピンで私が出会った人たちは決して裕福ではないけれど、みんなとても幸せそうに見えました。お金があって、欲しいものを買うことができ て、学校に通うことができることが幸せではないと感じました。周りに自分の家族が居て、友達が居て、毎日笑って暮らせたらそれが幸せなんだと思います。

フィリピンで過ごした2週間は本当にあっという間で、帰るのが嫌になるくらい楽しい時間を送ることができました。言葉も違い、文化や生活も違う 人達と同じ時間を共有し、一緒に笑えたことは、本当に良い経験でした。もう会うことができないのかも知れないと思うとお別れは本当に悲しかったです。だけ ど私はいつか絶対またみんなと会いたいと思います。本当にフィリピンに行って良かったです。一緒にフィリピンに行った日本人のキャンパーやフィリピンで出 会った全ての人に、楽しい時間を共有できたことを感謝したいと思います。また、自分が今どれだけ恵まれた環境にいるのか改めて気付かされました。親や周り の人たちにも、もっと感謝しなくてはいけないと思いました。

フィリピンで過ごした日々はずっとずっと忘れません。

参加者の声4: はっち(国際教養大学、22歳、女性)

このキャンプに参加して考えたことは発展途上国とは何だろう?ということです。マニラに滞在していたときに見た、ストリートチルドレン。以前にフィリピン に行ったことがある先輩から、ストリートチルドレンはそこらじゅうにいてお金を求めてくる、と聞いていたのでそれなりの覚悟はしていたつもりでした。しか し、実際に見るとどうしていいか分からず、下を向いているしかできない私がいました。子ども達の純粋そうな目を見ないように、心の中でごめんねごめんねと 言いながらひたすら目をそらしていました。

ナムコンにつき、一番に子ども達の笑顔が迎えてくれたことが印象的でした。本当にかわいい、屈託のない笑顔。村の人たちも、まるで昔から一緒に 住んでいるように接してくれました。決して村は豊かではありませんでした。十分な水があるとは言えないし、インフラの整備もされていません。しかし、そこ には質素で人間的な、日本とは違った豊かな暮らしがありました。家族と過ごすゆっくりとした時間、神様を信じる心、歌って踊る素朴な楽しみ。時間に追われ ているのではなく、時間の流れに身を任せているような暮らしがとても魅力的に感じました。ここの暮らしの中で、途上国であることは全く感じませんでした。 確かにものはない。しかし、その物理的なしがらみから自由な生活を享受しているように見えました。フィリピンの人は、日本を先進国だと思っているかもしれ ません。しかし果たして自分の国のことを発展途上国だと思っているのでしょうか。村で暮らした11日間の中で、常に考え続けてきました。

カラフナンのゴミ投棄場を訪問し、そこで暮らす家族の話を聞いたことも、発展途上国に対する考えを大きく変えました。私は今まで、ゴミを拾って 生計を立てるということは最後の手段だと思っていました。しかし、話を聞いたナナイと家族は自らこの仕事を選んだそうです。子ども達はみな学校に行ってい ます。隣の部屋からは、子ども達の歓声とテレビゲームの音が聞こえていました。生きる最終手段というほどの貧しさではないという事実を目の当たりにして衝 撃を受けました。そして、何が正しいのか分からなくなりました。確かに環境は劣悪でした。風が吹くたびに舞い上がる砂埃と常に辺りに立ち込める異臭には苦 しめられました。しかしそこに住む人たちは、ナムコンの人と変わらないほど幸せそうに暮らしている。今の暮らしが幸せだという彼らに必要以上に何かをする というのははたして正しいのかと考えさせられました。

そういったことを考えながらも、そんな難しいことを忘れさせてくれるような楽しいこともたくさんありました。ホスターシスターにいじらればかな ことを言い合う。たった数日前に知り合ったとは思えないほどいろいろな話をしました。そして言葉や文化の壁を越えて一緒に踊ったりしたこと。毎日楽しくて 仕方ありませんでした。

ナムコンの暮らしに何の違和感もなくなった頃、マニラに戻りました。そこにいたのはナムコンキッズとおんなじ、屈託のない顔をしたストリートチ ルドレンでした。どうしようもない、複雑な気持ちになりました。ある日本人キャンパーと話していたとき、彼は言いました。『日本人はいっぱいお金持ってる からたくさん買い物できるけど、フィリピノキャンパーはそれを見てどう思ったのかな』。

いまだに私の中で、フィリピンでの体験がうまく消化されていないような感覚があります。1つ1つの体験があまりに衝撃的でした。ぜひもう一度参加したいと思います。この難しい問題を少しでも理解したい。そして何より、ただ純粋にもう一度村の人たちに会いたい。

素晴らしい体験をさせていただいたLOOBの皆様、一緒がんばった日本人キャンパーのみんな、常に助けてくれたフィリピノキャンパーのみんな、ホストファミリーをはじめ温かく迎えてくれたナムコンの皆さん。どうかまた会いましょう。

参加者の声5: まり(上智大学、23歳、女性)

フィリピンで感動の体験をしたのは1年半前。ギマラス島ワークキャンプの感動が忘れられなくて、あの温かい空間に戻りたくて、舞い戻ってきた。マニラに着 いた瞬間に熱気に囲まれて、「これがフィリピンだ!」と改めて体で感じた。そこから駆け抜けた14日間。一日たりとも欠かすことが出来ない濃い、濃い日 々。懐かしい人々との再会。みんな相変わらず底抜けに明るくて楽しい。この国では笑顔でいないことがないくらい毎日笑っている。そして毎日人々に囲まれて いる。傍らではいつも子どもがはしゃいでて、一緒に自分もはしゃぐ。都会の色んなしがらみから解放されて、自分らしくいられる、温かくて居心地の良い空間 だった。

ひとつひとつ、記憶に残っていることを振り返ってみたい。まずはスモーキーマウンテンと家庭訪問。相変わらずのキツイ臭いに顔を覆わずにはいられ ない。でも、数ある生活スタイルの中から敢えてウエストピッカーになる道を選んだ人もいて、彼らの生活は極貧ゆえに、というわけではないことを知った。ご みを拾って収入があるだけましなのだ。ここで、去年のキッズキャンプで同じグループだった女の子を発見した。感動の再会。すごくかわいくなっていて、笑顔 がとてもキラキラしていた。このような状況の中でも悲観せずに生きてゆく逞しさを感じた。きっとステキな大人になってゆくのだろうな。

そして、小学校での水道建設ワーク。これにはハードな日と楽な日があった。いずれのワークもタタイ達が要領よく、かつテキパキと仕事を進め、自分 達はそれを手伝うことしかできなかったが、それでも自分がこの児童のために役立ってると意識することがやりがいにつながった。砂を運んだり、セメントを 練ったり、針金をいじったり…単純作業でもつまらないと感じたことは一度もない。なぜなら一人でやった作業はひとつもなく、常に日本人/フィリピン人キャ ンパー、そして子ども達がいたからだ。砂を運んでいるときでも、どこからともなく小さな子ども達が現れて、「半分持つ!」と一緒に運んでくれる。小学校でも、 子ども達がわらわらと群がってきて、作業を見よう見真似で手伝い始める。作業が一気に早くなり、助手のような子ども達の気遣いに感動してしまった。面白かった のが、なぜか子ども達がサインを頼みに来ること。芸能人になったような気分で自分の名前を書き続けた。そんな人懐こい子ども達に囲まれ、ワークは順調に進ん だ。最後に水道から水が出たときは、感動もひとしおだった。これで子ども達も落ち着いてトイレに行けるようになる。そう考えると暑い中、がんばってきて良 かったと思えた。

そしてワークのあと戻る場所はホームステイ。このホームステイはこのワークキャンプの醍醐味ともいえると思う。フィリピン人の家に家族同然として 泊めてもらえる。もちろん、生活スタイルの違いに最初は戸惑ってしまうこともあるが、そんなのはすぐに慣れてしまう。人間の力はすごい。ここで過ごした家 族との時間は忘れられない。いつも家事や手伝いをしている優しいマクマク、ちょっかい出してきてかわいいネネ、一生懸命英語で話そうとしてくれたナナイ、 いつもお酒を振舞ってくれるタタイ、そして毎日我が家に訪れる村の人々…。ホームステイでは改めて村人の絆が強く濃いことを実感した。そして何も知らない 私達を心からもてなしてくれる心の広さ。見習いたいところがたくさんあった。そんなホームステイでの日常には隠れた幸せがたくさん詰まっていた。日本では ボタンひとつで済んでしまう洗濯を、手と水で行うのも、ホストシスターのネネと雑談しながら笑いが絶えず、とても楽しいひと時だった。
毎日、誰かのホームステイ先に集まってダンスの練習をするのも楽しみの一つだった。真っ暗で何も見えなかったけど、子どもから大人まで集まってダ ンスしてお酒を飲んで、とても自由だった。都心の生活では失われているもの全てがここに凝縮されているようだった。やはり現地に溶け込んで生活してみる と、いろんなことが見えてくる。頭の中にあった偏見のようなものが取り払われ、新たなビジョンへと変わってゆく。この変化が楽しい。これがたぶんフィリピ ンという国対しての本当に理解が深まるきっかけになってゆくのだと思う。

帰国して、彼らのためにできることは限られているけど、それでもフィリピンで感じた思いや人々は常に心の中にいて、それを意識しながら生きていく ことは、今後の人生の色々な場面で影響を及ぼしてゆくことになると思う。直接、関わることができなくても、どこかでつながっていると信じているし、できる ことはやっていきたい。そして何より、彼らは私に「日常に埋もれるたくさんの幸せ」を教えてくれたのだから、それを忘れずに生きてゆくことが何よりも大切 なのではないと思う。

参加者の声6: ふみ(宮崎公立大学、21歳、女性)

今回のキャンプは本当に充実していて私にとって忘れられない体験になりました。本当に参加してよかったと心から思います。いろいろな経験をしたのですが、その中から3つ取り上げたいと思います。

まず、やっぱり一番心に残っているのはホームステイです。最初は言葉も通じず日本とは違う生活習慣に戸惑ったりしてやっていけるか不安にもなり ましたが、そんな不安はすぐに吹き飛びました。日を重ねるごとにナムコン村での生活が好きになり、最後には帰りたくないとまで思うようになっていました。 ホームステイで感じたのは家族の絆の強さです。日本にも家族の絆はあるけど、フィリピンの方が強いと思いました。タタイ(お父さん)に「何が一番幸せ?」 という質問をしたら、「家族が一緒にいて健康に暮らせればそれが一番幸せ」と答えてくれました。家では家族の会話が絶えなくて、みんな仲良しで理想の家庭 だなと感じました。

あと、これはホームステイに限らずフィリピン人全般に言えることですが、‘ノリがいい・陽気・フレンドリー・親切’というのを最初に感じまし た。いつも笑ってジョークを言ったり、私が困っていたらすぐに「どうしたの?」と声をかけてくれました。そのたびに私はフィリピン人の温かさを感じていま した。

次に心に残っているのは小学校での水道敷設ワークです。これは本当にみんなで頑張りました。セメント作りのための砂利運びから始まり、最後のペ ンキ塗りまできつくて大変だったけれどキャンパー同士の絆は確実に深まりました。私は主にセメント作りをしました。セメント作りは体力と根気のいる作業で した。フィリピン人キャンパーに指示を受けながらみんなで精一杯頑張りました。

それにしてもフィリピン人は働きものだと思いました。作業はとても疲れたけれど、きつかった分出来上がったときの達成感はとても大きかったで す。またワークは小学校で行ったため多くの子どもたちと触れ合うことができました。名前を呼んでくれて、サインを求めてくる子がたくさんいて私たちは作業 の合間にサインをしました。人生でこんなに自分の名前を書いた日はあるか・・?ていうくらいたくさんサインをしました。なかには作業を手伝ってくれたり、 手紙をくれる子もいました。本当に嬉しくてしかたなかったです。やっぱり子どもの笑顔はかけがえのない最高のものでした。この笑顔がずっと変わらないでほ しいと心から思いました。

最後にスモーキーマウンテン訪問交流です。テレビのドキュメント番組で何回か見たことがあったので私の中にはすでに貧しい・暗い・汚いというイ メージができていました。しかし実際行ってみると想像とは違っていました。子どもは元気に走り回っていて、村の子どもと一緒のすてきな笑顔をしていまし た。そこには私がイメージしていた‘暗い’という言葉は存在していませんでした。しかし衛生面はやはり予想していたようにかなり悪いものでした。においも 強烈で風が吹くとほこりが舞い息をするのもやっとでした。そこに住む人たちの健康が心配になりました。スモーキーマウンテンを実際に見た後そこで生活して いる家庭に実際お邪魔させていただきお話を聞くことができました。その家族はもとはマニラやロハスといった都市に住んでいたけれど、仕事がなくなり今の生 活をするようになったとおっしゃっていました。この他にもいろんなはなしを聞くことができ、生活が苦しいながらも家族で協力して生活しているのが分かりま した。また自分の生活がいかに裕福で快適な生活であるかを再確認し、もっと感謝しなければならないと思いました。

これらの経験から私はフィリピンの現状を知ることができました。その中にはフィリピンのよい所もありもっと改善しなければならない所どちらもあ りました。それと同時に日本や自分の普段の生活についても改めて考え直すことができました。またなによりもかけがえのない友達、家族とたくさんの想い出を つくることができたことが一番よかったです。最後にフィリピン人の考え方で見習わなければならないと思ったことがあるので紹介したいと思います。それは 「何もなくても幸せになれるように考える!家族が一緒に居るだけで幸せ!」ということです。フィリピンはモノやお金がたくさんなくても本当に毎日幸せそう に暮らしていました。日本にはモノがたくさんあるのにフィリピンに比べて暖かな家族団らんの時間は少ないと思いました。私ももっと家族と一緒に過ごせる時 間を大切にしたいと思ったし、みんなにも家族との関係について考えてみてほしいと思いました。これからフィリピンで感じて学んだことを日本の生活に生かし ていきたいです。

何回も言いますが本当にこのキャンプは一生忘れません。いつかフィリピン、ナムコン村に帰ってきます!