LOOBワークキャンプ&スタディツアー

ワークキャンプ&スタディツアー記録
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第3回ギマラス島ワークキャンプ

期間:2002年8月21~31日
開催地:ギマラス島ヌエババレンシア
参加者:日本人9名、比人5名、スタッフ十数名
活動内容
・ワーク(豚小屋の建設)
・ホームステイ
・現地小学校訪問
・ジャパニーズナイト/フィリピーノナイト
参加者の声 1. Maki

■1 タラバハン村と私の住む東京とでは徹底的に違うところがあった。それは、一人ひとりを取りまく空気である。くしを梳かすだけの洗いっぱなしの髪の毛や、いつから着てるのか分からない穴のあいた服も、化粧をしないその顔も、彼らを通して見ると全てが自信で満ちていて、そんな彼らがとてもかっこいいと思った。いつまでも見ていたいと思った。
普段、物質的に満足を得ようとしがちな私は、彼らと触れ合っているだけで大満足になることができたのだ。これ以上に必要ものはあるのだろうか、と。生活をしていくなかで、明らかに不便だと分かっていながらも文句ひとつ言わずにこなしていく彼らの姿や、何に対しても真剣な目つき、話している時の優しい顔には、ここで育ってきた自信と誇りがつきまとっているようだった。そしてそれは、タラバハンの土と緑と水からできた結晶なんだと思う。
私たちはいくら物質的に彼らより優っていても、彼らと裸で向かい合ったとき、対等に立つことができない気がしてしまった。体をはってまで見せてくれる優しさも、誰にも気づかれないような小さな気配りも、さらりとやってしまう彼らが本当にかっこよくて、うらやましくて、素敵だと思った。

■2 初対面の人にまず、自分は普段何をしていて、何に興味があって、どんなところに住んでいるのかを伝えることが当然だが、私にはそんな当たり前のことさえできずにいた。けれど彼らは、何者なのか分からない私にも強引といっていいほどぶつかってきてくれたのだ。それがすごくすごく嬉しかった。フィリピン人とすんなり溶け込むことができたのも一番初めの印象が良かったからだと思う。マニラからイロイロへ着いた時のあの出迎えと、その後フィリピノリーダーと一緒に食べた昼ごはんは、私にとってとても衝撃的なものだった。特に、私と絢子の何から何までいつも気にかけてくれていたリーダーのMJに、心の底からありがとうと言いたい。そして、私が風邪をひき寝込んでしまった時、英語をろくに話せない私を看病するのは本当に大変だったと思う。それでも我が子のように心配し、ずっと看ていてくれた彼らの愛情を、私は一生忘れない。

■3 私がここで体験し、見て、感じたことは何かしら形にしていくつもりだ。タラバハンを訪れた数少ない日本人の一人になれたことを強みにしていきたい。今回、日本を知るため、日本以外の国の良さを知るため、日本のことを伝えるためが、このワークへ参加した理由の一つだったが、私は日本について語ることができなかった。だから、今後の交流でそれを徐々に伝えていきたい。そして私は、彼らの笑顔に負けないくらい毎日笑って過ごしていこうと思った。そしていつの日か、彼らの心の支えになれたらいいと思う。

参加者の声 2. Takashi

■1 僕はこのワークキャンプに参加する前、僕は一人でなんでもできると思っていた。いつの頃からこのように考えるようになったのかは分からないけど。僕は高校生のとき陸上部に入っていた。専門種目は走り高跳び。チームメイト同士で応援したり、かけがえのない友達も陸上を通して得ることができた。しかし試合中ではチームメイトからの応援はあるけれど競技を行うのは誰でもない自分であって、友達じゃない。結局試合に勝てるか、負けるかは日ごろの自分の練習、生活がものをいう。そういう少し厳しい面も陸上を通して分かったことでもある。その後部活が終わり、大学受験が始まる。大学受験も他でもない自分が受験するのであって誰もテスト中助けてはくれない。大学生になり一人暮らしが始まると、自分自身で食事を作り、洗濯をしなければならなくなった。始めはかなり手間取ったが、今年で2年目ともなるとある程度のことができると思っている自分がいた。
このワークキャンプに参加して、僕は自分自身で何でもできるわけではなく、自分のできることをし、できないところを人に手伝ってもらい、頼りにしてもいいことを分かったような気がする。例えば、僕が砂を運んでいるときも、「疲れたか?代わろうか?」と気にかけてくれる人がいた。最初僕は自分の仕事は自分でするという意識から、どうしてそんな風に言えるのかが分からなかったが、徐々にこの自分にできることをするということが分かり始め、協力するという行為を改めて再認識させられた。

■2 最初にコミュニケーションを図ろうと話をしたとき、もう自分の英語の力の無さに嫌気がさした。中学、高校、大学と英語を勉強してこんなことも意思疎通ができないものかと思い知らされた。だけどワークが始まると、英語が話せる、話せないということは思っていたよりも大きな問題ではなくなっていった。なぜなら一緒に同じ目的のために作業する中で、つらい顔をしたり、笑った顔をしたりしてお互いの間にあった壁が少しずつ壊していくことができた。最後にはわずか10日間にも満たない間一緒に生活しただけなのに、多くの人が僕たち日本人キャンパーのために涙を流してくれた。ここまで日本人、フィリピン人という違いを意識しなく家族の一員となれたのも、同じ目標のため一緒に同じ作業をしたからだと思う。

■3この経験はとてもじゃないけどすべてを言葉に表すのは難しく、この経験を今後の生活にどう活かしていくかということは、その場面に出くわさないと僕はとてもじゃないけど想像もつかない。でも今僕が思っていることは、これから生活していくうえで僕が以前の自分と比べたとき、前の自分よりも5ミリ成長している。そんな生活をしたいと思っているし、その生活をする上でこの経験は無くてはならないものだということ。これから生活をする上で様々な事柄にこの経験が頭をよぎり、様々な僕の行動に作用するだろうと思っている。

参加者の声 3. Genki

◇1 私がタラバハン村で気づかされたことは「人は共同体の中で生きている。」ということです。これは当たり前のことなのですが、もし私が今回のワークキャンプに参加していなければ身をもって経験することはなかったかもしれません。頭で理解することと体で体験することは全く価値が違います。そしてタラバハン村の共同体はかなり温かくとても心地のよいものでした。タラバハン村にいたときは皆が助け合いつつ生きているのだなぁと実感しました。それはそれぞれ皆の一生懸命働いている姿を見ていたからかもしれません。正直、僕の周りにはまだ働きたくないし、もっと遊びたいからという理由で大学へ進んだ人もいます。このように一生懸命で生きてなくても日本に住んでいればご飯を食べていけます。私はそういう時代が好きではありません。だから私はどのような時代でも一生懸命生きる道を選びたいと思います。
そして、あともう一つ学んだことは「感謝」です。日本に帰った今でも絶対に忘れません。皆がいてくれたから今の私がいるということを…。

■2 フィリピン人との交流やワークの内容はほぼ満点ではないでしょうか。ホストファミリー、スタッフや村人はとても明るく、英語の話せない僕であっても温かく迎え入れてくれました。日本人2人と現地リーダー1人でホームステイをするというシステムもよかったです。英語が聞き取れなくて不安になった時もあったけどMAIKとタカシのおかげで何とか問題解決できました。
ワークはブロック&砂運びが辛くヘトヘトになった時もありましたが、その分完成したときの達成感は言葉では表せないものになりました。ピガリーに自分の名前が刻まれているというのも誇りに感じています。

■3 今回のワークキャンプで私は日本では得られないものを得ました。けどそれは道具のように使用したりしなかったりできるものではなく、内面化させて離せない価値観や考え方のようなもので「活かさない」という選択肢はないものだと思います。
私は視野の広い人間になりたい。この想いが動機でワークキャンプに参加しました。そして、よい経験をさせてもらって自分が少し変わった事に気づきました。これはなりたい自分になる一歩になったのではないかと思います。これからも機会を作って自分の知らない世界を体験したいと思っています。

参加者の声 4. Tetsuji

■1 出発する前は電気、ガス、水道がない生活なんて想像できなかった。日本ではスイッチを入れれば電気がつき、火がつき、蛇口をひねれば水が出てくる。こんな生活が当たり前であり、これを便利だなんて思っている人はほとんどいないだろう。少なくとも僕はこれが普通であると思っていた。そんな普通を持って僕はタラバハン村に行った。しかし、そこで僕の普通は普通ではなくなった。電気を通すには発電所から電気を運ぶために電柱を立てたり電線を張ったり、ガスや水道を使うためにはガス管や水道管を設置しなくてはならない。また普段何も考えずに使っている電気や水などにはお金がかかっているわけで。タラバハン村では、つい最近電気が通ったらしく外灯などはないにしろ最低限の電気があった。最低限というのは部屋の明かりのことだ。しかし、僕らが訪れたときは夜寝るときに普段は使わないらしい扇風機を付けてくれた。普段は使わないというのは、暑くないとかいう理由ではなく、お金がかかるからだ。タラバハン村は、確かに貧しい村ではあった。しかし、決して幸せが存在しない村ではなかった。少なくとも、僕がタラバハン村で過ごした時間は幸せそのものだった。
僕はこのタラバハン村の生活から、自分の生活環境がとても恵まれているのだということに気付かされた。まずここには、仕事がある。僕の年齢でもアルバイトをすれば月に何万円も稼ぐことはとても容易なことだ。しかし、それが幸せということにはならないということをタラバハン村で学ぶことができた。確かにお金は大事だとは思う。しかし、お金が全てではないということがタラバハン村でよく分かった。

■2 最初は英語が全く話せずになかなか交流することができなかったが、そんな僕にも呆れずに何度も話しかけてきてくれたお陰でだんだん相手の言っていることが理解できてきて会話もすることが出来るようになった。フィリピン人の人達はみんな良い人ばかりで本当に毎日楽しかった。特に子供達はみんなかわいくてかわいくて仕方がなかった。
ワークではフィリピン人の人たちの働きっぷりに驚かされっぱなしだった。まず、あの筋肉はなんなんだと思った。それでも、自分なりに一生懸命がんばってだんだん形になってくると嬉しかった。とくに豚小屋ができて、その壁に自分の名前も刻んでもらったときはとても感動した。

■3 そんなに大それたことは出来ないが、世界にはまだまだ助けを必要としている人がいるということを心の片隅にいつも置いて生活していきたい。コンビニで募金をしたり、もし機会があれば、またボランティアに参加したりもしたい。

参加者の声 5. Chika

■1 タラバハン村での生活は日本での生活と何もかもが違っていて、とても新鮮で刺激的でした。おかげで、日本に暮らしていたら経験できなかったであろうことばかり体験しました。中でも特に日本と違っていると感じたことが三つあります。
一つ目は物が少ないこと。日本では便利なものや、それに関する情報があふれていて、中にはそれが本当に必要なのかどうかも分からなくなってしまっているようなこともあるくらいです。そんな環境からタラバハン村へ行ったので、最初のうちは物の少なさとその簡素な暮らしぶりに戸惑いました。こんなに物のないところでどうやって生活していくんだろう?と思いました。しかし、村の人々と一緒に生活していくうちに、彼らはないものは他のもので代用したり、自分達で作ったりと工夫して逞しく暮らしていることがわかりました。例えば、日本人キャンパー、フィリピン人キャンパー、スタッフ、村の人達でビーチに行ったときの話です。その日はあいにく雨が降っていて、とても寒くて泳ぐどころではありませんでした。(それでも泳いでいる人もいましたが。)もちろん誰も雨よけのテントなんて持っていませんでした。日本人ならここで諦めて帰ってしまっていたと思います。しかしタラバハン村の人々は違いました。その辺に落ちていたビニールや棒きれを拾ってきてあっという間に即席テントを作ってしまったのです!そうして冷たい雨をよけ、火をおこしておいしい昼ご飯にもありつけたのでした。私はそんな彼らを見ていて、生きていくために本当に必要なものはそんなに多くないんじゃないかと考えたりしました。そう思うと、日本の生活にはどんなに無駄の多いことか。

二つ目は村の人がみなで助け合ってともに生活していることです。私が見ていた限り、あらゆる仕事をいく人かで協力し合ってするか、あるいは手伝わなくてもそばで誰かが見守っていました。彼らが一人で仕事をしているのを見た記憶がありません。私自身も村にいる間一人でいる時間は全くと言っていいほどありませんでした。ホームステイ先のおうちではフィリピノキャンパーとホストファミリーが、ワーク中はフィリピノキャンパー、スタッフ、村の若者達がいて、それ以外の時は常に子どもに囲まれていました。(きっと日本から来た珍しいお客さんにはしゃいでいたのでしょう。子どもと言えば、年上の子が自分より小さな子の面倒を見てやっているのをよく見ました。小さな子どもでさえ、家族の一員として協力すると言うこと心得ていて感心しました。)いつもそばに誰かがいる状態だったおかげで、もし私が何か困ったことがあっても必ず助けてもらっていました。今思えば、ワークキャンプ中一度もホームシックにかからなかったのはそのおかげだったのかも知れません。この共同型の生活スタイルは、一人一人がそれぞれの仕事をし、マイペースで自分の生活をしている日本人とかなり違っています。 

三つ目は、村の人々は毎日の生活を楽しむのが上手だということです。これはたぶん、フィリピン人全体に言えることかと思いますが、彼らは陽気で冗談好きでなんでも笑いに変えてしまう才能を持っています。私もずっと彼らに笑わされっぱなしでした。日本での生活で自分はこんなに笑っていたかな、と較べてみると彼らの才能はやっぱりすごいものです。
フィリピン人との交流を今回のワークキャンプという形でできてよかったです。フィリピンを訪れたのは2回目だったけれど、1回目に滞在したマニラとはまた違ったフィリピンの側面を見ることができました。ホームステイさせてもらったことで、彼らと家族や友人として接しうちとけた間柄になれたと思います。実は、私はボランティア活動に参加したのはこれが初めてで、参加前には「かわいそうな人達のために"してあげる"のがボランティア」というイメージを持っていて、キャンプ中私自身もそう感じてしまうのではないかと心配していました。しかし、実際参加してみて、私は「かわいそう」とも「してあげている」とも感じていませんでした。それは、彼らがとても魅力的で同情の対象にはなりえなかったし、私も彼らから得るものが多かったからです。そしてその魅力を感じられたのはこのような形で彼らと交流したからこそだと思うのです。今後も、私は私なりのやり方でフィリピンに触れていくつもりです。このワークキャンプはこれまでの私の気の迷いをふっ切ってくれました。具体的にはまず、フィリピンへ留学するつもりです。その後のことはまだ分からないけど、フィリピンに関わり続けていたいです。それに足るだけの魅力を持った人達の住む国だと知ることができたから。

最後に、フィリピンの魅力を知るきっかけをくれたLOOBに感謝したいです。そして、フィリピンの、フィリピン人の素の姿をダイレクトに見せてくれたホストファミリー・フィリピノキャンパー・スタッフ・村の人々、それにいろんな刺激を与えてくれた日本人キャンパーに出会えてよかったです。私にとってとても実りのある2002年の夏でした。

■2 初対面の人にまず、自分は普段何をしていて、何に興味があって、どんなところに住んでいるのかを伝えることが当然だが、私にはそんな当たり前のことさえできずにいた。けれど彼らは、何者なのか分からない私にも強引といっていいほどぶつかってきてくれたのだ。それがすごくすごく嬉しかった。フィリピン人とすんなり溶け込むことができたのも一番初めの印象が良かったからだと思う。マニラからイロイロへ着いた時のあの出迎えと、その後フィリピノリーダーと一緒に食べた昼ごはんは、私にとってとても衝撃的なものだった。特に、私と絢子の何から何までいつも気にかけてくれていたリーダーのMJに、心の底からありがとうと言いたい。そして、私が風邪をひき寝込んでしまった時、英語をろくに話せない私を看病するのは本当に大変だったと思う。それでも我が子のように心配し、ずっと看ていてくれた彼らの愛情を、私は一生忘れない。

■3 私がここで体験し、見て、感じたことは何かしら形にしていくつもりだ。タラバハンを訪れた数少ない日本人の一人になれたことを強みにしていきたい。今回、日本を知るため、日本以外の国の良さを知るため、日本のことを伝えるためが、このワークへ参加した理由の一つだったが、私は日本について語ることができなかった。だから、今後の交流でそれを徐々に伝えていきたい。そして私は、彼らの笑顔に負けないくらい毎日笑って過ごしていこうと思った。そしていつの日か、彼らの心の支えになれたらいいと思う。