LOOBワークキャンプ&スタディツアー

ワークキャンプ&スタディツアー記録
Archive for Workcamp and Studytour

第18回ギマラス島ワークキャンプ

期間:2007年2月15日~2月28日 13泊14日
開催地: ギマラス島ヌエババレンシア
参加者: 日本人13名、比人7名、スタッフ十数名
活動内容:
・ワーク(高校のトイレ整備+井戸掘り)
・ホームステイ
・高校で日本文化紹介
・フレンドシップナイト
ワーク・プロジェクト(高校のトイレ用貯水槽の修理+井戸堀り)

ギマラス島のサルバシオン公立高校には、男女2つずつのトイレがありますが、水がないため、トイレは閉鎖されていました。600人いる生徒は男子も女子も草ワラに行って用を足すという状態……。第18回LOOBワークキャンプでは、トイレの水源となる井戸を堀り(写真上)、壊れた貯水槽を修理(写真右)して、トイレを復活させました!

日本人キャンパーの声 1. JACKY

 私にとってかけがえのないこと~人・時間・自然・気持ちとの出会い~ このワークキャンプに出会えて、このメンバーに出会えて、この貴重な時に出会えて、本当に良かった。私は初参加で、何をしたいのか、何ができるのか、何をすべきなのかを考える時間がとても多かったように思います。その結果、それを解いていく術は自分自身であり、違った文化を共有しようとする姿勢、純粋に感じられる心が必要だということも学びました。

最初に私にとって大きな存在は比人キャンパーでした。彼らは知的で、自分の国のことをよく知っているし、他の国で勉強したいという意欲があり、そのことを話したのが強く記憶に残っています。私の疑問に対しても的確に答え、私が最も知りたかったことを何時間もお酒を飲みながら話してくれました。おかげで私が来る前に頭を悩ませていた課題も払拭され、次なる課題を見つけ、成長させてくれました。

何事も相手を知りたければ自分自身から心を開き向き合うのが重要だと思いました。フィリピン文化を理解するためのキーワードの一つ、パキキサマという個人よりも団体主義を重んじるこの言葉通り、助け合える仲間、お互いに高めあえる仲間がこのワークキャンプで見つかりました。

「生きていく上で貴重なものは何?」と帰国後友人に質問したら、何人かは「お金」と答えました。淋しくもこれが日本の現状のように思えます。私も日本にいたらそう答えるかもしれません。しかしこのワークキャンプで本当に貴重なものはお金ではなく、時間、感情、場所、自然など、言葉では言い表せないものを心の奥底で感じ取りました。

私がギマラス島に行って、特に貴重だと感じたのは“水”です。日本にいれば蛇口を捻れば水が出ますが、ギマラス島では何軒かが共同で使う井戸から水を引き、そこでたらいを使って体を洗ったり、家庭の水を持ち帰るため一本の棒の両端に入れ物をぶら下げ、水を運んだりします。活動中は井戸の水が飲めなかったので常時ミネラル・ウォーターを持っていましたが、ペットボトル一本分だったため私自身も一日を考えた飲み方をしていました。

そしてフィリピンでは沢山の純粋な表情を見ることができました。村に着いた途端、子供が笑顔で寄ってきてくれ、タタイ(父)、ナナイ(母)も笑顔で迎え入れてくれました。ワークのために高校に行くと、生徒達が集まりだし、そこには常に生徒の眩しいほどの笑顔がありました。星空の下、ホストファミリーとの別れの際には私を含め、皆が涙を流し、再会を誓い合いました。ナナイの「いつ戻ってくる?絶対帰ってきて」という言葉が印象に残っています。そこには純粋な感情が飛び交い、その場を去るのが本当に淋しかったです。ホームステイは現地の生活を知ることができ、あっという間には過ぎました。感情を素直に出せる純粋さは今の日本では見ることができない貴重なものでした。

日本に帰国し、この経験は「かけがえのないもの」だったと胸を張って言えます。キャンプでの出会い、時間、貴重なものなどは日本で慌しく過ごしていたら絶対に味わえないものだったからです。そして新たな課題も見つけられました。ここでは触れられなかったのですが、スモーキーマウンテンを訪問しシャツを贈呈した時、そこに住む人たちの喜びを間近で感じ、日本にいても何かしたいと素直に感じました。これからそういう活動をする上で良いスタッフ、フィリピン人キャンパー、日本人キャンパーに出会うことができたのも私にとってすごくかけがえのない体験だったと思っています。

フィリピン人キャンパーの声 2. YUKA

 フィリピン帰国から、一週間が経過して……あたしは今回の旅で自分が少し成長した気がした。 特にこれからの人生で役に立つ、気持ちの持ち方や人を思いやる気持ちも勉強になった。日本にずっといたら決して体感できないことや考えないことに対面した。水不足、食料難、日本にいたらあたりまえにあるものが、フィリピンには無かった。様々な問題を直接見て、触れて、感じられて、日本人キャンパー、フィリピン人キャンパー達と一緒に考えられた。

入国して二日目にマニラの街を歩いていると、子供が寄ってきてこっちを見ながら手を出してきた。彼らの着ている服は穴だらけで、体は痩せ細り、歯は虫歯で黒くなっていた。日本ではあまり見ない光景で可哀相と思った。何かしてあげたいけど、何かしてあげることもよくないことだと思った。日本人は恵まれている。物で溢れている日本は、物をあまり大事にしない人も多い。あたしもその一人だったから、現地でとても気が滅入った。だから、この旅で食事だけは残さないようにしようと思った。

三日目にギマラス島に移動した。拠点となるベースキャンプの周りには、いつも村の子供たちが遊んでいた。無邪気な子供達。その傍らにはいつもロンさんのエレキギターが流れていた。同じ時間なのに日本にいる時とは違って、ゆっくりで心地が良かった。なんで日本は?と考えていた。

ホームステイ先での会話は全て英語。あたしは全く英語が出来なかった。でも今考えてみると、会話はコミュニケーションにあまり必要なかったような気がする。あたしの家族も村の人もみんな笑顔。いつも笑顔。あたしもつられて笑顔になっていた。

四日目からはワークの井戸掘りで高校に行った。フィリピンの高校生は日本の高校生と変わらない。ワークは最初、トイレの掃除とペンキ塗り。トイレは男女2つずつしかなく、生徒の比では考えられない数。井戸の作業が始まってからは、フィリピン人キャンパーともよく会話するようになった。フィリピン人はジョークが大好き。イメージでは常にジョークを言って笑っているといった感じ。

他にも、キャンパーズナイトで踊って騒いだり、豚を目の前で絞めて食べ物の有難みを身で感じたり、高校生に日本の文化を教えたり、フィリピン人キャンパーとオープンフォーラムでフィリピンと日本の文化、生活の違いの話を聞いて考えたり、すべてが新鮮な出来事で、たった二週間でフィリピンが大好きになった。というよりも、ギマラス島の人々がすごく好き。のんびりしている雰囲気や明日は明日の風が吹くという気持ちの持ち方。 日本のように便利になっても、引き換えに無くなるものは多い気がする。

マニラでの最後の夜、あたしは凄く日本に帰りたくなくて、眠気を堪えて夜ずっと起きていた。そのくらい中身の濃い、充実したワークキャンプだった。 今、フィリピンから日本に帰国し一週間が経過して、行く前と変わったことはたくさんあるけど、実際日本で援助したり、支援したりということはまだ何もしていない。 これから何かしらの形で手助けしていけたらと思います。ありがとうございました。

フィリピン人キャンパーの声 3. NANCY

 途上国の生活で見えたもの ~最高の仲間に恵まれて

ギマラス島での生活は日本での生活と比べて、決して物質的には豊かといえるものではなかった。山の中で、移動をするにも獣道を歩き、夜には真っ暗で何も見えない。トイレは手で水をかけて流すつくり、風呂もトイレの中で水を浴びるか、村共有の井戸に行って皆の前で体を洗うかといったもの。子供たちは破れた服を着て、ユニセフの支援物資のかばんを背負って歩いて何メートルも先の学校まで歩いていく。保険制度も整備されておらず、村人は医者にかかることなどないという。

最初は正直、こんなところでの生活に耐えられるのだろうか。日本の生活は本当に恵まれていると思っていた。しかし、そこでの生活を経験するにつれて、その考えが揺らぎ始めた。次第にそこでの生活が幸せに感じてきたのである。共同体の結びつきが強く、誰もが友達で、誰もが笑顔で触れ合い、酒を飲み語り明かす。現地の人はすぐに私たちを受け入れてくれた。温かい。そこには心の豊かさがあった。

東京のような都市での生活を思い出してみる。確かに物質的に恵まれ、不自由のない生活ができる。けれども、東京での生活は孤独に感じる。誰も自分のことを知らない。道ですれ違う人と一言も言葉を交わすこともない。そして皆が忙しさに追われる生活をすごしている。果たしてどちらの方が幸せなのだろうか。

その疑問に関して、オープンフォーラムで日本人とフィリピン人が本音で語り合う場でロイさんから、とても心に残る話を聞くことができた。物質的に恵まれ、社会保険制度等が整備された都市での生活を望むか。それとも今のように物質的には豊かとは言えず、貧困等の問題がある農村での生活のどちらを望むのかという質問に対して、ロイさんはこう答えた。

「私は農村での生活が好きだ。 しかし私たちが都市へ出て行く理由は何か。それは家族を養わなければならないからだ。だから私は外資が私たちの国に入ってきて文明化することを望む。家族が生きていくためにはそれが必要だから。」私がここに来る前の価値観とは正反対の答えが返ってきた。

そして、当然のごとくフィリピンの人たちも日本の都市のような生活を望んでいるのだと思い込んでいた自分が恥ずかしくなった。これは国際協力を考える上でも重要な論点である。この価値観の違いの尊重。これを認めないと、援助をするつもりが、かえって彼らを不幸にしてしまうことがあることを深く心に刻んでおこうと思った。

そして一番楽しかったのはフレンドシップナイト。フォスターファミリーも参加して舌切り雀の劇をやって踊って、ゲイコンテストで始めてあそこまで壊れて。一生忘れられない思い出です。他にもスタディツアーでスモーキンマウンテンに行ったり、青年海外協力隊の方の活動を視察させてもらったり。デンタルミッションを手伝ったり、海で泳いだりと毎日が本当に充実していました。

何よりも今回のワークキャンプで最高の仲間に恵まれたことが一番幸せでした。問題意識を持ち、意欲の高い人。人間的に豊かでいろいろ学ばせてもらった人。みんなと一緒だったから今回のワークキャンプはこんなにも楽しかったのだと思う。

日本人キャンパーにフィリピン人キャンパー。LOOBスタッフの方、ギマラス島の人々。みんなに会えて本当によかった。これが終わりではなく、これからが始まり。出会いは始まりに過ぎないのだから。